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 信号機の赤色灯が消えて、その代わり緑色灯がつく。それを確認して、自動車たちは一斉に動き出す。
 しばらくするとそれは黄色に表示を変え、やがて赤へと帰還する。わずかな静止時間、そして今までとは垂直の方向へと車は運動する。
 それもまた休息に移り変わると、今度は二色灯が反転して、靴を履いた人々が前へ出る。
 二色灯の下半分がその役目を終えると、またはじめの赤色灯が緑色灯に取って代わり、そして永遠に繰り返す、繰り返す。
 そんな日常をおくっているこの空間は、いわゆる「歩車分離式信号機」という大層な名前をもつ、そんな空間。

 「この緑色灯を最初に『青』だと言い張ったのは一体誰なんだろうね。そのせいで子供達は『【あお】は【すすめ】だよ』、なんてことを教え込まれるんだ」
「まーあそーだけどね、実際のところ子供に教えるなら【あか】【あお】【きいろ】って教えるほうがわーかりやすいでしょ? 光の三原色よりも色の三原色のほうが馴染み深いしさ、ほら図工とかで絵の具使うじゃん」
「それでも嘘を教えるというのは教育としてどうかと思うよ」
「嘘、かぁ。……一概に嘘だとは言えないよ。信号機の緑って、規定ギリギリまで青に近づけてるから、青だといえば青に見えなくもない。だから、だからこそ、子供達は【青信号】っていうことに疑いを持たない。そうでしょ?」
「それでも緑なんだけどねぇ。……そんなもんなのかなぁ」
「そんなもんでしょ」
「……」
「そんなことよりさ、ねえ彩渡さいと、ちょっと出かけない?」
「(そんなことって……)……あー、まーいいけどさーどこ行くのさ?」
「そうだねぇ、行くあてもなくぶらつくってのはどう?」
「……めんどいからやーだ」
「……(じーっ)」
「やーだ」
「この五月病患者がっ! さあいくよ!」
「ぎにゃぁぁぁぁ……」

 「……で、ここはどこ」
「近所の河川敷」
「わたしはだ……ごふっ」
「はいふざけない」
「すみませんでしおなかすいた」
「謝るのか主張するのかどっちかにしなさいよ!」
「おなかすいた」
「そっちかよ!」
「むしろ帰りたい」
「か え さ な い」
「怖っ」
「……ほら、お昼ご飯なら持ってきてあるから、元気出しなさいよ」
「(持ってきてたのか……)ワーイゴハンダー」
 全く以って世話の焼ける奴だよ。全く……。ほんと、昔っからそうなんだからっ。
 そう――何というか、いわゆる幼馴染ってやつだ。彩渡と私――詩亜しあとは。確か、小学校の時くらいからの付き合いだったと思う。私の家の2軒隣(間の家は10年以上も空き家のまま)に彩渡が引っ越してきたのが出会いだった……はず。だいぶ昔のことだからよく覚えてないや。
「……昔はさ、ここにもよく来てたよね」
「そんなに昔だっけ?」
「そうだよっ! 私がいくら誘ってもあんたが面倒面倒って言ってずっと来たがらなかったじゃないの!」
「ぐう……」

 以前――3年位前までだったかな?――はよくここに二人で、二人きりで遊びに来ていた。何か目的がある日も、何もない日も。いや、遊びに来ていた、という表現はちょっと違うかな。通っていた学校と家との中間くらいにあるこの河川敷は、格好の遊び場だった。学校帰りにはどちらからともなくここに来ていたし、休日にもよく遊びに来た。ほとんど何もないような場所だけど、二人にはそれでも十分だった。いつも追いかけっこから始まって、日が暮れるまではしゃぎ続けた。今から考えれば、よくもまあこんなにまで楽しめたものだ。
 ……でも、学校を卒業してからだんだんその頻度も減っていって、いつしかここに来ることもほとんどなくなった。彩渡が行くのが面倒だとか言い出したのもこの頃からだ。というより、大体の原因はそれだ。まあ、お互い忙しくなったとかそういうこともあることにはあるんだけど……。
「……って言いたいの?」
「それはあたしの台詞でしょ!」
「ごちそうさまでした」
「あたしまだ食べてない……」
食料は一つ残らず消失していた。
「あーおなかいっぱい」
「返せ」
「ガフッ…………いやいや、胃に入れたものを吐いて返してもおいしくないよ?」
結局食料は彩渡の胃にとどまった。

 「しばらく来てなかったけどさ、」
食べてない昼食を終えると、彩渡は不意に立ち上がった。
「ここも変わったよ。確かに」
彩渡はそう言いながら小石を拾って、下流の方へ水切りをする。
「……」
ぴしゃっ……
「ここだけじゃない」
ぴしゃっ、
「僕も、詩亜も」
ぴしゃ、ぴしゃぴしゃしゃしゃしゃしゃ……。
「街も世界も、みんな」
……。
「あの頃とは、変わった」
水没した石ころの代わりに、次弾を発射する。
「……なによ突然」
「だから………………いや、……なんでもない」
そう言いながら、彼は下流の方を見詰めていた。
……だから私は、なんでもないのかよ、とつっこみたいところをおさえて、そっか、と静かに流した。
「……そろそろ、帰ろっか」
「もういいの?」
「うん。今日はもう十分かなって」
「……今日は、かい」
「もちろん! じゃ、帰ろっ」
さっき――なんでもないって言ったとき、彩渡の頬が少し赤くなっていたんだ。
 それだけで十分だよ。

 帰路を二人並んで歩く。行く手を阻む信号機は、真っ赤な明かりで警告している。渡っちゃだめだよ危ないよって。
「食べる?」
差し出されたのは、飴玉。
「どうしたの?」
「いやぁ……なんか悪いことしたなって」
「は、はぁ」
「さっきはごめん。……ご飯全部食べちゃって」
「……いいわよ別にっ……ありがと」
やっぱりおなかはすいている。
「その飴さ、」
「……?」
「……青だと思う? それとも緑?」
飴を見る。返答に困る、微妙な色。
「どっちかなぁ……」
「答えはあれ」
指差す先には、信号機。
……なるほどね。
「信号機の……『緑色』、でしょ?」
「正解」

 「……信号機ってさ、目立つようにって理由で赤が道の中央側にあるんだって。だからさ、つまりそれって、『緑』は目立たない場所にいるってことだよな」
「まあ、通行を止めるために置いてるんだし、当たり前と言えば当たり前じゃない?」
「まーね。でもさ、それってなんだかかわいそうだと思わないか? 目立たない場所にあえて配置させられるって」
「……とはいっても、信号待ちする人はみんな『青』の登場を心待ちにしているんだから、皮肉だね」
「そゆこと……あ、緑になった」
「こだわるねぇ」
「もちろん」
「……赤になる前に渡ろうか」

 「そういえばさ、いつの間に昼食用意したの?」
「あんたが信号機を語ってる間にコンビニで買ってきた」
「ひどいっ! 人の話聞いてない!」
「あんたもでしょーが!」

 自宅に辿り着く頃には、空は夕暮れ模様が占拠しつつあった。
「じゃあね。ちゃんと家に帰るんだよ」
「すぐそこだけど」
「そう言って帰らなかったときがあったからわざわざ忠告してあげてるのよ!」
そして私は玄関の戸を開く――
「あ、ちょっと待って」
「……何よ」
「手、出して」
「……何なのよもう」
一応差し出す。
「はい、これ」
彼の手には赤青黄色の三個の飴。そしてそれが私の手の上を通り過ぎてポケットに戻ったとき、差し出した手のひらには飴玉がふたつ。
「ちょ、何で2個だけ!?」
「じゃーねー」
ばたんっ。
「……。はぁ……」
彼がさっさと帰ったから、私は一人だけ取り残された。……ちゃんと帰ったみたいだし、まーいっか。
 今度こそ、私は玄関の戸を開く。
「ただいまー」
そしてそのまま自分の部屋にダッシュすると、黄色と青――緑色の飴を、いっぺんに口に放り込んだ。




<あとがきに類する何か。>

[任意の挨拶を代入]。
5月のお題小説、ようやく完成です。
……滑り込みだ!
忍者サイトマスターの、コミュ――同盟に改称しましたね。確か。
今回のお題は、
・「小説書いてます」のお題「緑」
・「物書きの集い」のお題「五月病」
の2つです。
何というか……今回は書くのにだいぶ時間がかかったなーと。文章量もいつもよりかなり多いですし。(それでも3000字ですが。)
とりあえず後書きはこれくらいでいいかなっと。

2011/05/29

5月のお題小説、2つ目はこちらに





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